tanihito’s blog

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実例で学ぶ、話す技術聞く技術

少し前に話題になった、この記事をご存知でしょうか? 

2008年に代アニで仕事したイラストの請求を今頃したら大変な事になりました。

漫画家の松山せいじさんが何年も前の仕事の代金を代アニに請求し、トラブルになったというものです。コメントを読むと、松山さんの常識のなさを攻める声が多いです。確かに、僕も彼の一方的な主張にはイラッとしました。

松山さんを攻めるのは簡単ですが、自分が同じ状況になった場合どうするかを考えてみるのは意味があります。なぜなら、このような難しいお願いをするシチュエーションは社内でもあり得るからです。例えば、上司に給料を上げてもらうように交渉する場合などがそうですね。

すると、以前読んだ『話す技術 聞く技術』という本の手法が使えることに気づきました。この本は、難しい会話や交渉を上手に乗り切るための会話術について書かれた本です。クライアントに料金を請求するのも難しい会話の1つですから、今回のケースにはぴったりですね。では、どのようにして交渉すればこの問題を解決することができるのか、順を追って見ていきましょう。

ステップ1:3つの会話で準備をする

話し合いが難しくなる場合には3つのパターンがあります。1. 何があったかをめぐる会話 2. 感情をめぐる会話 3. アイデンティティをめぐる会話です。実際に相手との話し合いを開始する前に、この3つの会話について自分と相手両方の立場から考え、状況を整理しておきます。

1. 何があったか?

何があったかは、さらにストーリー・意図と悪影響・加担の3つに分解できます。

まずはそれぞれのストーリーを分析します。同じ出来事に対しても、人はそれぞれ別の見方(ストーリー)を持っています。「あの人にとって自分の見方が理にかなっているとすれば、いったいどんなふうに世界を見ているのだろう?」と問いかけ、好奇心を持って話を聞くことで、相手のストーリーを理解できます。

僕が松山さん・代アニのストーリーを推測したのが以下になります。これを読むと、同じ出来事に対してもまったく別のストーリーを持っていることがわかります。

  • 松山さんのストーリー:好意から友達価格で仕事を引き受けたのに、原稿料を払ってもらえなかった。原稿料を請求しても7ヶ月放置された。突然知らない人からメールがきて怖かった。自分が強請っているように書かれた。
  • 代アニのストーリー:7年前の原稿料を突然請求された。本来払う必要のないお金だが、卒業生ということで10万円の解決金を払うことにした。しかし、それでもTwitter上で誹謗中傷された。
つぎに、意図と悪影響を切り離します。多くの人は、相手のことを思って行った行動であれば、その結果相手が傷ついても仕方ないと考えてしまいます。しかし、どんなに善い意図があったとしても、その行動によって相手が悪影響を受けたのであれば、それらを別々に考える必要があります。
  • 松山さんの意図:自分の仕事の痕跡を認めてほしい。
  • 松山さんの受けた悪影響:原稿料を払って貰えなかった。精神的にショックを受け、子供に当たってしまった。
  • 代アニの意図:できるだけ穏便に問題を解決する。ブランドイメージを回復させる。
  • 代アニの受けた悪影響:ブランドイメージが傷ついた。不明なお金を請求された。
最期に、責めと加担を分離します。問題があると相手を責めてしまいがちですが、「責められるべきなのはだれか?」という問いかけをすると相手が防御的になり、話し合いが前に進みません。「わたしたちはそれぞれ何をしたせいで、あるいはしなかったせいで、この問題を引き起こしてしまったのか?」と問いかけ、お互いの問題への加担について考えます。
  • 松山さんの加担:契約書を交わさなかった。原稿料の請求を7年も放っておいて、今更請求した。面会・電話をすべて拒否した。Twitterで誹謗中傷した。
  • 代アニの加担:計8か月放置した。喧嘩腰な文面のメールを送った。

2. 感情

 自分の感情を把握し、相手に伝えることは重要です。いったん自分自身の強い感情を伝えた後では、相手の話に素直に耳を傾けることができるからです。自分の多種多様な感情をすべてリストアップし、まとめておきましょう。

  • 松山さんの感情:不信感、怒り、悲しさ、精神的なショック

3. アイデンティティの問題

自分の自己イメージが脅かされると、人は防御的になります。自分のどんなアイデンティティが影響を受けているかを知りましょう。
  • 松山さんのアイデンティティ:自分のことを有能な漫画家だと思っていたのに、自分の仕事を認めてもらえていない。

ステップ2:話をもちだすかどうかを決める

ステップ1で、自分が置かれている状況を客観的に分析することができました。次に、その分析結果に基づき、話をするかどうかを決めます。僕たちが難しい会話をする目的は、問題を解決するためです。もしその問題が多くのコストをかけてまで解決するほどのものでなければ、無駄に話を切り出してお互いの時間やエネルギーを使う必要はありません。

今回のケースでは、7年も前のたった10万円の契約についてですから、原稿料を諦めるというのもひとつの選択肢だったなと思います。

ステップ3:第三者の視点からはじめる

話をもちだすと決めたら、話の切り出し方を考えます。ここでのポイントは、自分の視点ではなく第三者の視点から話を始めることです。ステップ1で見たように、自分と相手のストーリーは全く異なっています。その状態で自分のストーリーを話しても、相手は反発するだけです。自分のストーリーが絶対ではないと認め、第三者の視点を持ち出すことで、相手は素直に話を受け取りやすくなります。

最初の松山さんのメールには「改めて請求書を送りたいのですが、大丈夫でしょうか?」と書かれており、少なくとも自分に非があることを認めています。スタートはそこまで悪くないですね。

ステップ4:お互いのストーリーを掘り下げる

ここから、お互いのストーリーを共有しておきます。この際に、ステップ1で作成した3つの会話が役に立ちます。まずは相手のストーリーをしっかり聞き、相手が満足したことを確認する。その後、自分のストーリーを話していきます。

松山さんはメールでもTwitterでも一方的に自分のストーリーを話しているだけなので、一方的に不信感を募らせてしまっています。このステップ4に完全に失敗していることが、問題を大きくした原因と思われます。

ステップ5:問題を解決する

最期に、今後同じような問題が発生しないようにするための解決策を考えます。例えば、イラストを発注するときは必ず契約書を作成する、請求書をすぐに送るなどが解決策として考えれられます。 

今回の騒動をきっかけにもう一度『話す技術聞く技術』を読みましたが、この手法のパワフルさに驚きました。過去に自分が経験した言い争いも、この手法を知っていれば防げたのではないかと思います。大事な交渉をする前には必ず読み直すようにします!

Photo by CTBTO